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ネルケン


P1180691.jpg


ネルケン …… カーネーションのドイツ語名複数形。

の名前を冠した喫茶店が高円寺にある。

中央線沿線に多い名曲喫茶の中でも、ある意味もっとも洗練された店かもしれない。

マダムはかなりの高齢だが、若い頃はとても綺麗な人だったろう。

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ビロードのイス、明智小五郎シリーズに出てきそうな彫刻、四方の壁に掲げられた絵画、

店内を雰囲気あるものにしている小道具は揃っているが、

決められた位置にきちんと配置されていることによって、長年続いている名曲喫茶にありがちな

物が増えすぎてごちゃごちゃと積み上げている感じや、埃っぽさがほとんどない。

女主人の拘りが強く感じられ、凛とした空気が漂っている。

P1180682.jpg


さらにここではリクエストは基本受付けていない。

こういった小さな積み重ね(?)が、他の名曲喫茶とは異なる感覚を抱かせるようだ。


夜の8時をとっくに回っていたがまだ営業中だった。

扉を押すと、一瞬にして別世界に。

お客さんは誰もいない。

テーブルの上に残された珈琲カップと灰皿から立ち上る一筋の煙が、
我々が最後のお客と入れ違いに入ってきたことを物語っていた。


いつからか、夜、珈琲を飲むと眠れなくなる、と思い始めてから、
この時間になって珈琲を頼むのが怖くなっている。

果たしてこの日も、注文したのはココアだった。

P1180695.jpg


美大出身の連れは、壁に飾られた絵画に一瞥をくれながら遠近法について語っている。


私は、お客の雰囲気にあわせて選曲してくれるというマダムの、バッハ・パルティータに耳を傾けていた。


P1180686.jpg




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国分寺散歩

ブログ開設から2年。

初めて書いた記事の舞台、国分寺を再訪しました。

西国分寺からスタート。
とてもいい天気だけど、風が冷たく寒い。おまけに風邪気味。

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桜も2分咲き程度? 暖かくなったり寒くなったりで、桜も戸惑っているよう。


で、この写真はたぶんダイコンの花?

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西国分寺のマインでから揚げなぞを買い、ミニビール片手にお花見。

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気持ちよく酔う、と言うよりビール飲んで余計寒い!!




それにしても、東京もここまで来ると緑がそこそこに多くて良いものだ。

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快晴の休日によく映える時計。奥に見えるマンションはどこかの会社の寮のようだが、低層階で

とても住みやすそう、外国を思い出す。

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この辺りは武蔵野の雑木林が残り、いつ来てもホッとする。

崖を下りると、清水が湧き出している。その名も清水川。
マンションなど宅地化により、以前よりも水量が減ったらしいが、まだまだ綺麗な水がコンコンと沸いていた。


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すぐ隣にある、真姿の池。玉造の小町と言う、絶世の美女が皮膚病にかかり、醜くなってしまったが
ここの池で顔を洗ったところまた元の美しい姿に戻った、と言われている。

それよりも、昔、肝だめしで隠れている時の怖かったことの方が強烈に覚えている


P1180994.jpg
清水川沿いには、徳川将軍が鷹狩りに際に通ったといわれる「お鷹の道」が続く。
江戸時代から続く、名主H家の立派な門が今でも残っている。

当のH家は株ですったとかで、土地を手放さざるをえなくなってしまったらしい。
あわてて国分寺市が買い取り、一部資料館として保存されているようだ。

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このあと、国分寺駅方面へ歩きました。

途中、実は結構珍しいかも知れなくなった、電話ボックスを発見。

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蔵も多く立ち、敷地が広い家が今でも残っている。

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やがて急な坂を上がると、右手に殿ヶ谷戸公園を見遣って国分寺駅に到着。

体も冷えて「珈琲が飲みたい~」病に。

北口の喫茶店「アミー」に入りかけたが、
往年のお嬢様たちで入り口付近が渋滞していたので、ここ数年定番になっている

名曲喫茶 で ん え ん  へ。


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やはり国分寺に来たからには、ここを訪れねばならない。

角砂糖を一つ溶かした珈琲は、冷えた体をまったりと温めてくれた。



ケンプのゴルドベルク

ゴルドベルク変奏曲を一躍有名にしたカナダのピアニスト、グレングールド。
1955年盤、1981年盤と、どちらも甲乙つけ難いほど素晴しい。
55年盤、81年盤では著しくテンポが異なり、演奏時間も10分近くの差がある。
81年の方が長らく好きだったが、どうもピアノの音がいまいち気に入らず、
それに最近は、スピード感のある演奏の方に傾きつつあるので、
今聴き比べたら55年の方を選ぶかも知れない。

今回、久しぶりに引っ張り出してきたのは、ヴィルヘルムケンプの弾いたゴルドベルク変奏曲。
1969年の録音で、ピアニスト74歳のときのもの。
曲自体はとてもあっさり弾かれ、最近の演奏家が良くやるように、大袈裟なタメもない。
流れる音楽を邪魔せずに、淡々とすすめて行く。
でも、その中には彼にしか出来ない右手のメロディーの歌わせ方だとか、ともすれば曖昧になってしまう一歩手前の
16部音符の中声部だとか、まるで、砂漠の中から埋もれかけの真珠の連なりが次々と表れてくる様な、
彼の詩が堪能できる。
この曲は一度だけ、シュテファンヴラダーという人の生演奏を聴いた事があるが、
あの演奏は本当に素晴しかった、ケンプの演奏でも一度本物を聴いてみたい、と思わせられた。

ケンプは、若い頃よりも年を取ってからメカニックが上達した珍しいピアニストだ。
この人はドイツ人で、まさしくドイツ正統派と呼ばれる雰囲気を地で行っているような音楽家だ。
ピアノだけでなく、オルガンも弾けば作曲もしている。
父のヴィルヘルムケンプ(同一名!)は元々教会オルガニストで、息子のヴィルヘルムも自然と嗜んでいたようだ。
来日時、広島世界平和教会でのオルガンコンサートなどの録音も残っている。

ケンプは、バッハ、ベートーヴェン、ブラームス、シューマン、シューベルトと、ほぼドイツ圏の作曲家の曲を多く残している。
彼の弱いところはメカニックだとよく言われるが、確かにあぶなっかしいなと思うところはある。
が、正直、彼の素晴しいときの演奏を聴くと、音が間違ったとか、指がうまく回らない、なんて事はどうでもいい
と聴き手を引き込んでしまう恐ろしさがある、と最近気がついた。

彼のことを「ケンプという怪物にしかできない~」と表現していた人がいたが、
それまで、彼の例えが「怪物」だとはどうもしっくり来なかったのである。

イギリスBBCのアルヒーフに残っている演奏が、BBC LEGENDSとして発売されている。
そのシリーズの中に、1967年10月にマンチェスター大学で催されたケンプの演奏会がある。
この大学内のWhitworth Hallという会場でのリサイタルらしいが、大学内ということもあり、
有名な音楽専門のホールでは無いのであろう。
録音はモノラルで、音もちょっとこもり気味だ。
プログラムは、彼の得意なシューベルト、ベートーヴェン、ブラームス、それにモーツァルト。
シューベルトは、あの D960 変ロ長調ソナタである。
丁度、このシューベルトに目覚めた頃に見つけたアルバムだったので、買ったんだけれども
出だしのモーツァルトが始まった途端、金縛りにあったような感覚に陥ってしまった。

まさに憑かれた様に引き込まれた。
よく、ケンプ演奏には、彼の精神性が云々、と言われることがあるが、それが初めて分かったような気がした。
もし自分がこの空間にいたら完全に魂を持っていかれただろう、と聴衆がなんとも羨ましかった。

ポジターノに居を構えていた彼の晩年は、認知症を患い老人ホームに入って、訊ねてくる弟子の顔も判別できなくなってしまったが、調律の狂ったピアノを弾くケンプの周りに集まった人々は、みな涙を流して演奏に聴き入っていたという。




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