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つけ麺

4年位につけ麺を知って以来、とりこになってしまいました。

ところがここへ来て、食傷気味というか、少し飽きた? というか、

以前ほど箸が進まなくなってしまった、と言うのが正直なところで。

似たような味付けのお店が増えたからか、とお店のせいにしてみたり…。

でも、やっぱり歳のせい、と言うのが本当のところ。

つけ麺屋さんに行くと、並盛りも大盛りも同じ値段です、というお店が結構あるじゃないですか。

そういうお店に入ると、やっぱり大盛りを頼んでしまい…、

食べ終わったあと、せめて中盛りにしておけばよかった、と後悔の念がよぎる事になりやす。

先週の日曜日、新井薬師に出かけた際に入ったお店も並200g、中300g、大400g、全て同額、

とあったので、一番右側を頼んでしまったのでした。

麺も自家製で、特にスープに店主の深いこだわりが感じられたのだけれど、

果たしてよい結果となっているのかどうか、疑問が残るところで、後半は格闘気味でした。

最後のお会計時も

「1700円です(2人分)」

と言われ、二千円出したら、

「100円玉はありませんか?」

と訊かれる始末で、頭の中は ??????? だらけでした。


つけミニ
写真は、一番普遍的な「つけ麺」を提供してくれる「つけ麺Yべぇ」。


そしてついに「つけ麺を断つ!」決断をしました!!


あ、でも10月までですけど。


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夕ご飯

暑い日が続いてましたが、今夜のディナーは賞味期限が迫っていた、ウナギ。

先ずは、枝豆にビール

茎付き枝豆を、ハサミで切り落して塩揉み洗いをして茹でたもの。

冷凍との違いは一目(食)瞭然!!

yuu1.jpg




お手製ラッキョウに、金網で焼いたネギ焼き。

昔はラッキョウは苦手だったけど、さっぱりして妙に美味い!

ネギ焼きには塩が定番。こちらもウマイ!

でも冷蔵庫の奥に眠っていた、柚子胡椒をつけたら、お口の中が新世界!!

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いよいよ、真打の登場!

タレは、初めて自分で作ってみました。

これがなかなか上手く出来て、必殺自画自賛!

ご飯の中にも、ウナギが隠れています。

yuu3.jpg


というわけで、夏バテからは程遠い晩餐となりました。





ウィーン滞在 ③

シュテファン教会の下で待ち合わせをし、地下鉄に乗ってハイリゲンシュタットへ向かった。

待合わせ、というのも、昨日の楽友協会で日本人と知り合った。
その人は、その人でブラームスホールのチケットを求めていたのだが、一人旅で来ていてクラシック音楽が好きとの事。その人もハイリゲンシュタットに行きたかったので、では一緒に行きましょう、となったのだった。

地下から地上に出た電車はやがてハイリゲンシュタットに到着。
予想に反して、何の変哲も無い市街駅だった。

ベートーヴェンのファンなら「ハイリゲンシュタット」と言う名前は聞いたことがある筈だ。
子供向けの伝記にさえも出てくる。

ハイリゲンシュタットの遺書…。
文字通り、難聴に失望した31歳の楽聖ベートーヴェンがここで遺書を書いたのだった。
しかし、死を選ぶことは無く、むしろこの村を流れる小川べりを歩いて、交響曲第6番「田園」の第2楽章の構想を練ったと言われている。

そういう訳だから、ベートーヴェン信者にとってはある意味、聖地みたいな所で、信者でなくともウィーンに来たからには、一度は訪れたい場所なのである。

森の中の小川に沿って歩きながら、楽聖は第2楽章を練った…。

ところが、駅を出ても、広がっているのは住宅地ばかりで森はいずこに?
ガイドブック片手に「ベートーヴェンの家」へ向かって歩いているものの
本当に普通の住宅地ばかりが続いていた。

坂を上って少しすると、小さな川に出た。川と言っても回りの家の生活排水を流しています、みたいな感じで趣きも何も無い。
ところが、今歩いている道にベートーヴェンガング(ベートーヴェンの小路)と名前がついている!
田園の構想を練ったのは、まさしくココだったのです!?

思わず「えっ?」となってしまい、2人してしばし茫然。
これじゃまるで、小学校の時よく遊びに行った友達ん家の裏に流れていた、どぶ川みたいじゃないか、なんて事まで思い出してしまった。

でも、よく考えてみれば、当時は住宅街や舗装された道路、護岸工事で固められた小川なんかでは無かった筈だから、ここは一つ想像力を働かせてベートーヴェンが歩いていた当時の風景を想いながら、歩くのが良いのかも知れない。


それにしても、ヨーロッパを旅していると本当に昔のままに、中世の街並みだとか、お城だとか、おとぎ話に出てくるような景色を目の当たりにしてきたものだから、今回はちょっとショックを受けたのだけれど、翻って、自分の国のことを考えてみると、例えば、日本の歴史に興味をもってやって来る外国人を、日本は悉く失望させているんじゃないか、と思ってしまうのである。
鎌倉にしたって、京都にしたって、そりゃあ立派なお寺やきれいな景色が残っているのだけれど、果たして京都の駅をあんなコンクリートの巨大な駅ビルにする必要があったのか?
京都御所の隣に、あんな京都タワーなんかを建ててしまってよかったのか?
東京の「日本橋」を高速道路で思いっきり被せてしまったり、よくも、平気でこういう街づくりが出来るものだ、と思ってしまう。

ドイツのローテンブルクにガラス張りの高層ビルが建っていたら…、イタリアのフィレンツェに新宿副都心のビル群があったら…、イギリスの湖水地方が多摩ニュータウンみたいだったら…。

そんな事を考えていると、ここ、ベートーヴェンガングは、ショックを受けたと言っても全然マシなのである。
小鳥の囀りも聴こえるし、向うからは老夫婦が、散歩を楽しみながらやって来るではないか。
むしろこういう所に住んでみたくなってしまう。


この辺りには、ベートーヴェンが滞在していた家が、あちこちに残っている。あちこちというのも変な話だが、本当にいろんな所を転々としていたらしい。
ここまで来たからには、と思ってテスタメントハウス(遺書の家)に入った。
何の変哲も無い、と言っては失礼だが静かな普通の家で、当時のピアノや遺書などが展示されていた。
「ピアノの写真をとっていいか?」
と訊くと、あっさりとOKしてくれた。後日シューベルトハウスを見学した時も、写真撮影はOKだった。


少し期待はずれのハイリゲンシュタット観光だったけれど、ウィーンに戻って、ビールと安くてボリュームのあるヴィーナーシュニッツェル(ちゃんと子牛の方を注文!)を食べているうちに、やっぱりウィーンの街は素晴らしい、という話に落ち着いて、気分よくペンションに戻ったのだった。



ウィーン滞在 ②

二日目はいよいよウィーンの街の散策。

再び、シュテファン教会の下にやってきた。
尖塔の一部には足場が組まれている。
ガイドブックや絵葉書では、スッキリと綺麗な写真が載っているが、歴史的建造物は、一部分が修復中というものがけっこう多い。
さらに予算の関係なのか、長期間に渡ってのんびりと修復している。

ケルントナー通りという目抜き通りを中心に小路を彷徨うように歩いた。
 ↓
歩いているうちに小腹が空く。
 ↓
小腹が空いたら、カフェに座ってケーキでも食べたくなる。

という事で、ウィーンと言えばザッハートルテ(チョコレートケーキ)を忘れてはならない。
実際、大抵のカフェに入り口に掲げてあるメニューに「SacherTorte」の文字が見える。
適当に選んだカフェの店内に入り着席すると、ウェイターが近づいてきた。
「メランジェ(ミルクコーヒー)にザッハートルテはありますか?」
と聞いてみると
「ええ、もちろんございますよ!」
と、典型的対日本人観光客用笑顔でもって、大げさに答えてくれた。

いざ、本場ウィーンでのザッハートルテの味は!?
~実は、一口食べたとき、思わず、日本の実家のすぐ近くにあるFという、町のケーキ屋さんを思い出した。そこでよく母が買ってきてくれたチョコレートケーキ。
表面のチョコレートのコーティングといい、数層に分かれたチョコレートのスポンジといい、そっくりだった。
それにヨーロッパのケーキにしては珍しく、甘すぎず、重たくなかった。
とても美味い!と思えるものでは無かったが、カフェ文化の本場ウィーンでコーヒーとケーキをセットで味わい、雰囲気に浸れるという意味では、幸せな気分になれたことには間違いなかった。

おなかも満たされ、ザッハートルテの後は「音楽」が残っている。
ザッハートルテ以上にウィーンは音楽の街だ。
ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、…。
考えてみれば、こういった人たちが短い期間ではあるけれど、この街で同じ時代に生きていたという事実は、まさに奇跡以外の何物でもない!

カフェを出てかなり歩き回っていると、フォルクスオーパー(市民オペラ座)の前にでた。
オペラはあまり得意な方ではないが、本場で見ない手はない。
入り口横のチケット売り場を探して切符を買い求めたが、今日明日はソールドアウト。
それにしても立ち見だと、数百円程度という信じられない値段だ。

がっかりしながらも、次にシュタットオーパー(国立オペラ座)へ。こちらも古い建物で現役なのが凄い。街中古い建物だらけだが…。
果たしてこちらも安いチケットは売り切れだった。

かなり疲れがドットでて、少し歩いたのち、近くの公園の縁に腰かけた。
「チケットが売り切れだったのは残念だったけれど、ウィーンをこうして歩いているだけで十分じゃないか」
と自分に言い聞かせながらも、途方に暮れていた。

ふと、ゆっくり周りを見渡すと、目の前の幹線道路の向こう側に見覚えのある建物が見えた。ちょっとした神殿のような建物で、屋根の下の部分から朱色がのぞいている。
もしかしてあの建物は…?

数年前、NHKで放送された「ピアノでモーツァルトを」という番組を見ていたのだが、講師役のW.Klienというピアニストが、ウィーン楽友協会をバックに歩いている映像が写っていたのを思い出した。

道路の向こうに見える建物は、その楽友協会にそっくりだ!
疲れは一気に飛び、車に轢かれそうになりながら、横断歩道を渡り、その建物に向かって行った。

しばしぼう然と見上げ、MUSIKVEREINの文字を確認する。
まさにウィーンフィルの本拠地、楽友協会だった。入り口の右横にチケット売り場があった。
正直言って、フォルクスオーパーやシュタットオーパーを見つけたときより、何倍も興奮していた。
飛び込むように中に入り、コンサート情報をチェックすると、丁度「春の音楽祭」の時期らしく、色々なコンサートが目白押しだった。
しかも顔ぶれが凄い。ポリーニ、ブレンデル、アバド、それに日本から小澤征爾がサイトウキネンを引き連れて来ているらしい。
プログラムによると明日の夜、小澤はベートーヴェンの「英雄」を振ることになっている。立見席が残っていて、しかも500円位だったので、即買い求めた。
それ以外では、地元のピアニスト、シュテファン・ヴラダーという人のバッハ「ゴールドベルク変奏曲」のチケットを買い求めた。
「ピアニストの指が見える席にしてくれ」
と言って、6000円位の席を予約した。

かなり興奮状態でチケット売り場を後にした。楽友協会のさらに右手に回ってみると、Boesendorferと書かれたショーールームのようなガラス扉があった。中に入るといくつかの部屋があり、各部屋の中にグランドピアノが見えた。
どうやらピアノの練習室になっているようだった。
受付のおばさんに尋ねると、時間貸しのピアノ練習室で、ベーゼンドルファーのグランドピアノが1時間、900円位で借りられるという、これまた日本では考えられない話だった。
こちらも即、予約を入れてしまった。

夕方、目抜き通りのデパートにコンサート用のネクタイを買いに行った。
明日からの音楽三昧の日々が楽しみだ。
コンサート以外にも、ベートーヴェンが遺書を書いた有名なハイリゲンシュタットへも行く予定を立てながら、さびしいペンションで二日目の夜を迎えた。


ウィーン滞在

「ウィーンはいい所だった、一度行ってみた方がいいよ」
一緒にドイツ語学校に通っていた友人の一言がきっかけで、ドイツを巡った旅の締めくくりに訪れることになった。

当時、南ドイツ最大の湖、キームゼー湖畔の街プリーンでドイツ語学校に通っていた。
カリキュラムが終わり、約一ヶ月かけてドイツを旅した後、再びプリーンを通ってザルツブルクからウィーンへ向かったのだった。

ザルツブルクからはジャーマンレイルパスは使えないので、ウィーンまでの切符を買い求め、IC(インターシティ)に乗車した。窓口では、大人一人ウィーン往復で、割引切符はあるか? と訊ねたがないとの事だった。

乗込んだ車輌は、二人掛けの座席が並んでいるタイプではなく、如何にもヨーロッパを彷彿とさせる、アップタイルバヴァーゲン(6人部屋の個室がいくつか並んでいるタイプの車輌)だった。オーストリアの車輌の色は、黒と赤の重厚かつ洗練された色合いで、ドイツのものより、よほどカッコいい。

ザルツブルクはその名が示すように山に囲まれた小さな街だが、出発して20分も経つと、平野になり後は単調な田舎の景色が広がるばかりである。
ウィーンも近くなった頃、映画に出てきそうな、いかにもといった感じのおばあちゃんが部屋に入ってきた。習いたてのドイツ語で一通りの会話をした後、
「手を見せてごらん」
といわれ、右手を差し出すと、

「あなた、きれいな手をしているね。でもあなたの手は、まだ働くって事を知らない手だね」

と言われた。なんか全てを見透かされているようで、とっても恥ずかしかった。あの時の言葉は今でも忘れられない。

「ヴィーン ヴェスト バンホーフ、ヴィーン ヴェスト バンホーフ」
繰り返し、到着の案内が構内に響く。
ウィーン西駅はミュンヒェン中央駅と同じく頭端式のターミナル駅だ。
シュテファン教会のある中心部からは、多少離れていて、地下鉄で4つほどの距離がある。

初めて訪れる街は、なるべく自分の足で歩きたいものだから、宿探しをかねて重い荷物を肩に食い込ませながら、中心街へ向かって歩き出した。
今までは、なるべく小さな町を選んで旅をしてきたせいか、ウィーンはとても大きな街だった。
ミュンヒェンよりも大きな街に感じられた。
ウィーン西駅のインフォメーションで手に入れたホテルリストを片手に探すが、これだけの規模の街ともなるとホテル代も高いところばかりだ。

中心街への方向から少し外れた裏通りにペンション「エステルハージー」はあった。
ウィーンで活躍したハイドンと関係のありそうな名前のこのペンションは、エレベーターの無いアルテヴォーヌング(戦前の建物)で、階段をかなり上がったところに受付があった。

二、三度声をかけると青白い顔の男性が現れた。表情のない能面のような人で、ちょっと怖くなったが「5日ほど滞在したいので部屋はあるか?」
と訊くと
「ええ、ありますよ」
と無表情に答えた。そして、宿泊カードに名前やパスポート情報を記入して渡すと
「パスポートを預かります」
と手を差し出してきた。今まで泊まったホテルでは、一度もパスポートなんて預けたことは無かったので、内心かなりドキドキしてしまったが、まっすぐ見つめている視線に押され、パスポートを恐る恐る渡した。受付の男性はさも当然のごとく受け取り、カギを持って部屋に案内された。
長い廊下にドアが均等にいくつも並んでいる。そのうちの一つを開け、一通りの説明をした後「ごゆっくり」と言って部屋を出ていった。
ワンルームのその部屋には、窓の下に蛇腹の暖房が備え付けられ、あとはベットと小さなクローゼット、それに洗面台があるだけだった。
まだ、四月の頭だというのにベットの上には毛布が一枚のっているだけだった。

「…今まで安い所に泊まってきたが、これはヤバイトところに来てしまった、もう少しお金を払って別のところにすればよかった」

と思ったものの、すでにあとの祭り。あのヘビの様な気味の悪いフロント氏に
「不気味なのでホテルを変えたい」
なんて言おうものなら、裏でつながっている秘密結社に連絡されて、もう二度と太陽の元に出られなくなりそうだ。パスポートをよこせ、と言ってきたのはそういう事だったのか!
などと、想像をたくましくしてしまい取りあえず一観光客として大人しくしていよう、という結論に至った。荷物を置いて一息ついたものの、一刻も早く外に出たくなりデイバックを片手に階段を下りていった。

身軽になって歩く街並みは楽しい。
すでにテラスを出しているカフェもある。コーヒーやワインを片手にリラックスしているのを見ると、こちらもゆったりとしてくる。
やがて目の前にウィーンのシンボル、シュテファン教会が建物の陰から忽然と現れた。



銀座 ランチ

セレビーな昼食を。

ということで銀座ランチ。しかも1000円越え!!


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中央通りを一本入った、上海湯包(←ぐるなび) というお店。

しかも4丁目ではなくて3丁目。


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銀座らしく高級っぽい照明。

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蓮華も高級か?

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小籠包もジューシーで言うことなし。生姜たっぷりの酢醤油で頂きます。


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やがてメインの冷し坦々麺。

家では出せない味だ、と思わず納得してしまう。

肉味噌も口に入れて少しすると、ジンワリと辛味が効いてくる心憎さ。

このあと、小ぶりな杏仁豆腐がついて、ランチは終了したのでした。

〆て1200円ナリ。

銀座で麺といえばジャポネだけど、

たまにはこういうのもうまいっす!!



エスプレッソ 珈琲




OK牧場

K駅から歩いて10分程の所にあった、パークレーン。

40年の時を経て、ついに解体。奥に残っている丸屋根の建物はスーパーOK。

うわさでは、OKが店舗を拡大する為にパークレーンを買い取って建て直しをするとか。


そこで提案。

いっそうの事、牧場にして牛を飼うのはどうか?

牧場主にガッツ石松氏を迎えて、まさしく「OK牧場」。

OKブランド牛を育てて絞りたてのOK牛乳や、OK和牛で観光客誘致。

スーパーOKの売り上げも上がって、K市の税収もアップ。

まさに一石二鳥。


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なんて事を考えてみました。




飲食店街の看板の間につながれていました。

飼い主は食事中?


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いつかは犬を飼いたいと思う、今日この頃でした。



ドイツ グルメ

2009年8月15日、ベルリンにカリーヴルスト博物館がオープンしたそうです。 ぜひ行ってみたい!!

ドイツ料理は美味しいと思うけれど、重いので連続して食べられません。
外食でレストランに行くと、結構高いし…。
確かに、シュニッツェルや煮込み料理、北に行けば、ウナギの燻製など、地方地方で多種多様なご当地料理があります。
いつか、バンベルクで食べたクヌーデル(ジャガイモの団子)なんて、びっくりするほど美味しかった。

でも、何が一番美味しかったか?と問われたら、間違いなくカリーヴルスト(カレーソーセージ)と答えるでしょう。
これはドイツ料理というより、ファーストフードの部類で、インビスと呼ばれる屋台で売ってます。
カレーソーセージと言っても、カレーの中にソーセージが入っているわけでなく、焼きソーセージにケチャップをかけて、カレー粉をまぶすという、至極単純な食べ物です。これに小さいパンか、フライドポテトを添えて出てくるのですが、これがヤバイ程うまい!
どれをとっても、健康からは程遠い食材だけれど、ジャンクな食材が絡み合って、最高の満足を与えてくれます。

これからドイツへ行く方は、ぜひ!!

Curry Wurst mit Pommes bitte! (フライドポテト付きのカレーソーセージください!)
と言えば、手早く作ってくれます。



ターミナル

ミュンヘン中央駅はいかにもヨーロッパを彷彿とさせる行き止り式の駅である。
1~36番線とホームの数もとても多い。
島国日本と違うのは、ドイツ国内のみならず周辺各国の列車が到着・出発してゆく光景を目の当りに出来ることである。
フランス・パリから今まさに到着するモーリスラヴェル号…、音楽の都オーストリア・ウィーンへ旅立つモーツァルト号…、アルプスの向こう側、太陽の国イタリア・ローマへと誘うミケランジェロ号…。
まだ見ぬ地への憧れを現実のものに変えてくれる夢の列車が次から次へと現れる。
この贅沢な雰囲気を味わうには、2階に設けられたピロティから味わうのがとても良い。
恋人たちの抱擁や、別れの涙、老夫婦を出迎える息子夫婦と孫たち…、
駅は様々な人間模様を呈してくれる。

ある時は自分自身も、その乗客の一人となって列車に乗込み、そして列車から降り立つ。

11番線には、雨に濡れた客車を何両も連ねた長い編成の列車がゆっくりと入ってきた。
各車両のドアの前に列を作りはじめた乗客たちの後ろに、並んだ。

その日は思いがけず仕事が早く終わり、突然イタリアへ行こうと思い立ったのだった。
仕事場から中央駅へ直行して、窓口で切符を買った。

若者たちで通路まで一杯になったフィレンツェ行きの急行は、ゆっくりと動き始めた。
やがてホームの明かりも遠ざかると、最後尾からまっすぐに伸びる二本の線路だけが孤独な夜の伴走者となった。

明日の朝には、中世の宝石 フィレンツェを歩く姿を夢想しながら、静かに目を閉じた。



明治神宮

東京出身なのに、初めて明治神宮へ行った。



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大鳥居に輝く菊の御紋。


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鳥居の柱の直径の太いこと。ここも伊勢神宮のように、何年か一度に鳥居を立て直すのだろうか?


本殿まで行くと、丁度結婚式を挙げていた。日本人女性と、外国人男性のカップルだった。

お参りした後、参道の横手に入り口がある所で、500円払って中へ入っていった。


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涼しげな菖蒲園内の小路。

今は8月。もちろん菖蒲なんか一本も咲いていない。

なぜこの時期に500円も払って中に入ったのかと言うと、

この小路のずっと先にある「井戸」が目当てだった。


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思ったよりも奥まったところにあった 清 正 井 。

加藤清正の井戸と伝えられ、パワースポットとしても有名らしい。

ものすごく透明な水で、あまりの冷たさにビックリしてしまった。

井戸の前にしゃがみ込んだ時、井戸枠の真ん中に、木漏れ日の光が反射した。
あまりの強さに目を瞑ってしまった。

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木陰の路は、あきらかに涼しい。こんなに木々は温度を下げてくれるのに…。


東京のコンクリートとアスファルトだらけの街は、もう手の付けようがない。


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フランスのワイン樽が。

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外国人観光旅行者が多いのも関係があるのか、
お神酒が、なんとワインだった。


このあと、新宿でつけ麺を食べて帰りました。





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