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カワイのピアノ

マリエンプラッツの南側、ゼンドリンガー門にある楽器店。

Klavier Hirsch」(←HPへ)

P1210950.jpg
地下鉄から地上に出ると、眼の前に半円形の店舗ビル。

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一番右側にある「Klavier Hirsch」=ピアノ ヒルシュ。

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以前はブラウンシュバイク生まれの Shimmel が置いてあったのに、Kawai に変わっていてかなりガッカリ。
それにしても鍵盤が重い、なぜ日本メーカーのピアノはこんなに重い鍵盤なのか!?

でもこのピアノ、非常に音が素晴しくビックリした。
今までひいた事のある国産ピアノ(ヤマハとカワイだけだが…)の中で一番良かった。




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窓の外にはリンゴ売り、はいなかったけれど、沢山の車が行き来してました。

練習室の料金は1時間10ユーロ。
この日は2時間練習して帰途につきました。


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ブレンデル ミュンヘン大学

惜しくも2008年に引退した、アルフレッド ブレンデル。

ミュンヘンの「演劇、音楽専門学校」にて2010年の12月から3回シリーズで音楽に関する講演会が行われ、幸運にもその3回目(2011年2月3日)のチケットが手に入った。


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15ユーロで、会場内は自由席。1時間前に並んだので、前から5人目だった。20分前になると、この通り後ろに長い行列が。

2階バルコニー席の一番前に座った。


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ミュンヘン音楽大学の大ホール。

先日はここで、ゲルハルト オピッツ教授の生徒によるコンサートも行われ、オピッツ氏本人も姿を現した。

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資料を映し出すパネル。

この後ブレンデルが登場。

彼ももう80歳。足どりもゆっくりと舞台の袖から現れ、講演が始まった。
音楽の様々な、標語や解釈を例を挙げながら語ってゆくのだが、合間合間に弾く、様々な曲のさわりの部分の演奏は、やはり音色といい、バランスといい、「あ~、最後までまで聴きたい」と思わせるものばかりだった。
トリルの話の部分では、ベートーヴェンの32番ソナタの2楽章取り上げ、圧巻だった。
まだまだ、現役で弾けるのではないか、と思わせるのに十分だった。

あっという間に2時間が経ち、終わってしまった。
最期に何か弾いてくれるのではないか?という甘い期待も外れ、盛大な拍手の中、何度もカーテンコールに堪えて、楽屋の向こうに行ってしまった。

再び彼の姿を見ることは、もう無いのかもしれないが、本当にいい講演会だった。



ケンプ 熱情

ベートーヴェンピアノソナタ23番 熱情

日本では、以前からベートーヴェンの三大ソナタの一曲として、有名だった奏鳴曲。

(ピアノを洋琴と呼んでいた頃は、ソナタを奏鳴曲と言っていた)

ドイツ人ピアニストのベートーヴェン弾きと言えば、ケンプ(1895年生まれ)とバックハウス(1884年生まれ)だった。
「鍵盤の獅子王」と渾名されたバックハウスは技術的にもとても安定したスケールの大きな演奏をし、テクニックに心配なところのあるケンプとは、対極の演奏だったという。
古い批評家などの中には、今でもバックハウスを超えるベートーヴェン弾きはいない、と豪語する位の人もいる。
ところが、バックハウスはあまり、というか日本には1度しか来なかった。

それに対し、ケンプは、戦前を含め10回以上来日した。
ベートーヴェンのピアノソナタ、ピアノ協奏曲全曲演奏会なども行っており、とても日本が気に入っていた。

Wilhelm Kempff ヴィルヘルム・ケンプ(1895~1991)

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北ドイツ、Jueterbog(Jüterbogk)に、19世紀の終わりに生まれたこのピアニストが亡くなったのは1991年、96年もの長生きだった。

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ケンプのベートーヴェン三大ソナタのレコード。

1度目のベートーヴェンピアノソナタ全曲録音(1951年から1956年にかけて録音)から、三大ソナタを抜粋したもの。
これは自分のクラシック、特にピアノを聴き出したきっかけになったレコードで、何度も何度も聞いて、当時はレコードの扱い方など、全然無頓着だったので、結構傷だらけになってしまった。


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ピアニストKempffのカタカナ表記がこの時代はまだ「ケムプ」

このレコードのB面に第23番「熱情」が入っている。

ピアノソナタの中でも人気のあるこの「熱情」は、ほとんどのピアニストが録音している。
特に第3楽章など、16部音符のアレグロの激流が最後まで支配し、多くのピアニストはペダルをうまく使い、第2楽章からの途切れのない入口から、すでに右手の付点のメロディーを左手の奔流に鋭く切り込んでくる。
その緊張感たるやただ事ではない。
(あまりに速すぎたり、激しすぎたりすると、コーダのプレストの効果が出なくなってしまい、結果的にあまり面白くなくなってしまう演奏が多々ある)

ところが、ケンプの演奏はというと、激しやすい演奏とは一線を画し、ちょっとノンレガート気味にペダルも少なく、悪く言えば他人事のように16部音符が開始されるのである。

訥々とした始まりは、すでに「パッション」を通り越し、死力を尽くして戦った後の、まるで焼け跡の街を俯瞰するような、寂寥感の様相を呈している。

更に、3楽章が始まって、あの「タターン」という運命のメロディーが左手で何度も何度も繰り返され、だんだん大きなうねりに変わって行き、やがてそれが右手に移ると、突然スピードを上げるのである。
彼は、何度もこの曲を録音しているが、途中でテンポを上げるのは、この録音だけのようだ。
これがまた、効果覿面で全然不自然にならないところが凄い。

この曲の最大の聴き処は、おそらくコーダのプレストからラストにかけて、となるのだろう。

が、ケンプの場合、3度ずらした両手のユニゾンが、上から下へ降りながら8部音符の和音を何度も叩きつけ、爆発するところまで盛り上がって、それを一度冷やす箇所があり、ディミネンドで冷やされた流れは、再び、右手によるPPで静かに弾かれる再現部(コーダの手前の繰り返し記号によって戻ってくる箇所。1度目と繰り返しによる2度目と、2回弾く事となる)に繋がってゆく。
その時、2回繰り返されるこの再現部の音楽の運びが、とんでもなく聴かせるのだ。
第3楽章の出だしの寂寥感をもっと突き詰めて、ついに枯淡の境地に達している。
一瞬、バッハのコラールの内声部を聴いているような感覚になる。

(繰り返しについて。この録音では、繰り返しは省略されている。当時、繰り返しを省く演奏が多かった。繰り返しによって、コーダに突入しようとする音楽の勢いがそがれる、という解釈が多かった為、と聞く。)

現代ではこんな風に「熱情」を弾く人はいないだろうし、昔だって、例えばベートーヴェンのソナタ演奏の一つの基準とされていたシュナーベルにしても、ペダルを多用して疾風怒涛の如く弾きまくっている。

ケンプのそれは、テンポもゆっくりだし、緩急のつけ方や衝突も鋭くない。
技術的に脆弱な部分を指摘する人もいる。

彼が亡くなって20年、もう過去のピアニストとなってしまったけれど、誰もが同じように弾き殴るような演奏が多い昨今にあって、結局、このケンプの演奏に戻ってしまうのである。


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ラドゥ・ルプー

2010年10月17日、武蔵野市民文化化会館。

この日のコンサートは今まで聴いたリサイタルの中でも、おそらく最も感慨深い音楽の夕べになるであろう、と半年前にチケットを入手した時から楽しみにしていた。

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あのラドゥ・ルプーが来日するのである。
ピアノの音に関して、信じられない世界を再現してくれる、現存する最後のピアニストと言っても過言ではない。

朝8時半頃、突然電話が鳴った。ちょっと早口で緊張気味の若い男性の声だった。
こちらは寝起きだったのだが、

「本日、ラドゥ・ルプーのコンサートをご購入された○○様ですか?」

で始まった彼の話を最後まで聞き終らないうちに、(あー、もしかして…) と頭の中を嫌な予感が駆け巡った。

「本人の体調不良により、今日のコンサートはキャンセルとなりました。11月30日までの間、払い戻しを受付けます」

と、非情にも中止の連絡だった。

「延期はないのですか?」

と、希をかけて訊いたものの

「緊急帰国の準備に入っております」

とあっけなかった。

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今回の日本ツアーは、一昨日(2010年10月15日)の京都公演から始まっている筈で、今日の東京武蔵野のあと、名古屋、札幌、そして再び東京と巡るはずだった。今日以降の予定は全てキャンセルとなったようだ。

京都のリサイタルでは、すでに体調が芳しくなく、直前まで催行するかどうか迷っていたそうだ。
楽屋には医師が待機していた、と聞く。

聴けなかったのは残念だけれども、やはり一日も早く回復して欲しい。

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1992年のミケランジェリの来日も狂喜乱舞したものだが、あの時もキャンセルとなり、翌年に彼は亡くなり、永遠に聴けなくなってしまったのである。

世界レベルのコンサートのキャンセルは、2回目となってしまった。

ルプーに万一の事があったら、心から聴きたいピアニストは居なくなってしまう。

ケンプのゴルドベルク

ゴルドベルク変奏曲を一躍有名にしたカナダのピアニスト、グレングールド。
1955年盤、1981年盤と、どちらも甲乙つけ難いほど素晴しい。
55年盤、81年盤では著しくテンポが異なり、演奏時間も10分近くの差がある。
81年の方が長らく好きだったが、どうもピアノの音がいまいち気に入らず、
それに最近は、スピード感のある演奏の方に傾きつつあるので、
今聴き比べたら55年の方を選ぶかも知れない。

今回、久しぶりに引っ張り出してきたのは、ヴィルヘルムケンプの弾いたゴルドベルク変奏曲。
1969年の録音で、ピアニスト74歳のときのもの。
曲自体はとてもあっさり弾かれ、最近の演奏家が良くやるように、大袈裟なタメもない。
流れる音楽を邪魔せずに、淡々とすすめて行く。
でも、その中には彼にしか出来ない右手のメロディーの歌わせ方だとか、ともすれば曖昧になってしまう一歩手前の
16部音符の中声部だとか、まるで、砂漠の中から埋もれかけの真珠の連なりが次々と表れてくる様な、
彼の詩が堪能できる。
この曲は一度だけ、シュテファンヴラダーという人の生演奏を聴いた事があるが、
あの演奏は本当に素晴しかった、ケンプの演奏でも一度本物を聴いてみたい、と思わせられた。

ケンプは、若い頃よりも年を取ってからメカニックが上達した珍しいピアニストだ。
この人はドイツ人で、まさしくドイツ正統派と呼ばれる雰囲気を地で行っているような音楽家だ。
ピアノだけでなく、オルガンも弾けば作曲もしている。
父のヴィルヘルムケンプ(同一名!)は元々教会オルガニストで、息子のヴィルヘルムも自然と嗜んでいたようだ。
来日時、広島世界平和教会でのオルガンコンサートなどの録音も残っている。

ケンプは、バッハ、ベートーヴェン、ブラームス、シューマン、シューベルトと、ほぼドイツ圏の作曲家の曲を多く残している。
彼の弱いところはメカニックだとよく言われるが、確かにあぶなっかしいなと思うところはある。
が、正直、彼の素晴しいときの演奏を聴くと、音が間違ったとか、指がうまく回らない、なんて事はどうでもいい
と聴き手を引き込んでしまう恐ろしさがある、と最近気がついた。

彼のことを「ケンプという怪物にしかできない~」と表現していた人がいたが、
それまで、彼の例えが「怪物」だとはどうもしっくり来なかったのである。

イギリスBBCのアルヒーフに残っている演奏が、BBC LEGENDSとして発売されている。
そのシリーズの中に、1967年10月にマンチェスター大学で催されたケンプの演奏会がある。
この大学内のWhitworth Hallという会場でのリサイタルらしいが、大学内ということもあり、
有名な音楽専門のホールでは無いのであろう。
録音はモノラルで、音もちょっとこもり気味だ。
プログラムは、彼の得意なシューベルト、ベートーヴェン、ブラームス、それにモーツァルト。
シューベルトは、あの D960 変ロ長調ソナタである。
丁度、このシューベルトに目覚めた頃に見つけたアルバムだったので、買ったんだけれども
出だしのモーツァルトが始まった途端、金縛りにあったような感覚に陥ってしまった。

まさに憑かれた様に引き込まれた。
よく、ケンプ演奏には、彼の精神性が云々、と言われることがあるが、それが初めて分かったような気がした。
もし自分がこの空間にいたら完全に魂を持っていかれただろう、と聴衆がなんとも羨ましかった。

ポジターノに居を構えていた彼の晩年は、認知症を患い老人ホームに入って、訊ねてくる弟子の顔も判別できなくなってしまったが、調律の狂ったピアノを弾くケンプの周りに集まった人々は、みな涙を流して演奏に聴き入っていたという。




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